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観察を洞察へ 

ソーニョのジュニアスクールも4月から本格的に始動し、2週間が経ちました。

様々なチームから来てくれている選手達もだいぶ雰囲気に慣れ、少しずつですがチームや学年の枠を越えての交流も見えてくる様になっています。



話変わってピッチの外では、比較的現場のことがメインだった今までとは違って全てを自分でやらなければならないということで慣れない仕事も多く(少しはPC作業も速くなってきましたがw)、改めて新しく何かを始めるということの大変さと先人の方々へのリスペクトを感じています。

ソーニョに興味を持って集まって来てくれた子どもたちが本気でサッカーに取り組める環境を作る為に、志言行一致の精神で進んで行きたいと思います。





さて、そんな今日この頃ですが、先の鹿児島・志布志に行った際に言われた言葉で印象に残っている言葉で、現在私が一番意識していることがあります。


それは、選手達一人一人をしっかり観ること。



つまり「観察」です。

「観察」とは、物事の状態や変化を客観的に注意深く見ること。(goo辞書より引用)

子どもたちそれぞれに違った特長や個性があって、それぞれの今があります。
そこをしっかり観て、その個人にあったアプローチをして行けたらと考えています。

僕が指導し始めて多い子でもまだ6回程度。まだまだ時間はかかりますが、一番大切な部分であると思っています。



そんな「観察」ですが、さらに上のレベルの指導者は何ができるのか。


それは、「洞察」です。

「洞察」とは、物事を観察して、その本質や、奥底にあるものを見抜くこと。見通すこと。(goo辞書より引用)


その子達の「今」の姿を観てあげることが観察であり、そこからさらに踏み込んでなぜ「今」そうなっているのかということを考えたり(過去辿ってきた道のりをみる)、ここからどうなって行くのかを推察すること(未来の道筋をみる)が洞察なのかなと私は解釈しています。


そう言えば、昨年夏のこのブログでもこんなことを書いていました。

現状だけを見てああだこうだというのは誰にでもできるということ(そんなのは指導者でも何でもない)。


誰にでも見えるものだけを見ていたら将来のある子ども達を指導すること(指し導くと書きます)なんかできない。


他の人にも見えるもの(その子の現在の姿)を見た上で、自分にしか見えないもの(その子の過去、そして未来の姿)を見ようとすること。それが指導ということ。


サッカーの試合でも1秒先・2秒先が見える選手と見せない選手どちらが良い選手なのか。

1秒先が見せるから相手より早く動き出せる。相手の急所にパスを出せる。

そんなセンスのある選手でなければいけない。


指導者も同じ。センスのある指導者でなければ、思い描いていることを具現化することはできない。



他の人が見えないものが見えるセンス、見ようとするセンス。




今の姿を見て、未来の姿を想像する、見据える。

縁のあった子ども達にそんな指導をする為に、日々頭の片隅に置いておかなければと考えさせられる話しでした。





人が見えないものを見ようとすること、見据えること。それができて初めて指し導くことができるのかなと最近強く感じています。

まだまだ観察すらままならないレベルの私ですが、一歩ずつでも進んで行かなければなりません。

未来ある選手達を伸ばす・育てるという責任、指し導いて行くプライドがあるからです。プロとして!





まずは今月中に全員の顔と名前を一致させないとなぁ。笑



ではでは〜。
HiSAMiCHiNHO
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